It is very easy for me to shoot Astrophotographes... 【  天文千夜一夜  】

余:「現代から古代の星空へ」

【 あれこれ0 】
最近の天文機材は高価だね。特に、付属品。2010年頃とくらべると、本体が幾分上昇し、付属品が3割は値上がりした。特にBorg。何考えているんだろうね。ネタ切れみたいだ。特注ではなく、製品の状態で、グリスを寒冷地仕様にしただけで5000円アップでは話にならんでしょうが。今から15年前のBorgが良かったね。その頃は楽しめた。でも、今はとても楽しめない。だからBorg以外の代用品で事を済ませたくなってしまう。タカハシは相変わらず高価だけれど、望遠鏡単体で考えると、そうでもないと思う。他のメーカーは使う気無い。AXPが気になるかな。かといって、所在の落ち着かない私は、大きい機材は買いたくない。ベランダ置きっぱなし用にNJPなんかイイよなあ。でもデカイので処分が大変なんだよな。

【 あれこれ1 】
通常の表現にも飽きています。HDR化やナローバンドの擬似カラー化など、多くの表現をしています。ひとつひとつは面白いのですが、この面白さがわからない普通の天文ファンが多すぎる気がします。線の上に線を引いているだけで、何が面白いのでしょうか?
デジタルで撮影しながら、銀塩表現を目指すなら、「銀塩で撮影すればぁ?」と、いつも思うのです。「無限に広がる大宇宙」を目の前にしながら、ナントモ心の狭い連中だ、と思うのです。

【 あれこれ2 】
今のところ、天体撮影に特化したデジタル一眼は無いね。どこかに妥協がある。
その時代時代で、私はもっとも適したデジは使用した(Nikon,Canon,Fujifilm,Leicaなど)けど、どれもマダマダ問題ばかり。何処が問題かは書くつもりはない。いろいろ撮影した人間にしかわからない世界だからね。
最近はメーカーの謳い文句が嘘っぽくてうんざりしている。

【 あれこれ3 】
赤道儀は単3電池で駆動するP2-Zを現在は使用しています。バッテリーはあまり好きではないし、船外機はウルサイし、それ以上にガソリンの臭いが嫌いです。
過去にはEM-100、Mark-X、EM-200T2,Jr、スカイパトロールを2台潰し、トーストやポラリエも瞬間的に使用しました。
私は正確な極軸のセッティングと機材調整ができるので、オートガイダーは使用しません。液晶画面とにらめっこしながら撮影するのは好きではないんです。余分な買い物しないから、天文業界にとっては迷惑だなあ。
シンプルにバランスを取るだけで、私の場合、P2-Zの使用で500mmでしたら10分の自動ガイドが可能です。

【 あれこれ4 】
写真レンズで撮影するときは、いつも開放絞りで撮影しています。星空を撮影する時は、開放F2.8でそのまま使えるレンズで揃えています。絞らなければ駄目なレンズは所持していません(笑)。
昔は新レンズ購入は楽しい出来事でしたが、現在では購入時のテスト撮影も必要となるので、「清水の舞台から飛び降りる」気分になります。
国産レンズは戦闘力は高いのですが、防御に弱いので旧日本海軍の航空母艦みたいです。N社Gレンズでさえも、海外で500キロも移動すれば、片ボケします。結局、ライカやツアイスの単焦点しか頼りにならないのです。
「仕事をすればするほど機材が壊れる」のがデジタル機器です。

【 あれこれ5 】
天体望遠鏡はそれなりに醍醐味があるのですが、メーカーによって製品のバラつきが酷いです。また明るい反射望遠鏡系の調整が非常に面倒なのです。私のPENTAXも始めは酷かったです。1年の入院で素晴らしい状態に治してもらいました。直焦点でλ=4.9、リアコン付けてλ=5.1となり、名人にロンキーで確認してもらいました。
カメラレンズメーカーとは違い、明らかにハズレた製品を掴まされた時でも「返品返金」に応じてくれないので、最近では天体望遠鏡を購入しなくなっています。と書きながら、2017年にタカハシのμ-180Cを入手しました。

【 あれこれ6 】
凡そ30年前、「日本では気流が悪いので30センチ以上の望遠鏡は意味を成さない」という記事が時々見られました。
しかしバブル経済があり、「日本列島ふるさと論」があり、日本各地で大型望遠鏡(といっても50-80センチ)がぼこぼこ建設され、以来このような記事は見受けられなくなりました。
わずか20センチF4の反射望遠鏡を使用しても、気流の影響が見られます。惑星だけでなく星雲の写りもぜんぜん違うのです。それでも年に5晩くらいは良い条件の夜があります。

【 あれこれ7 】
最近、星空を撮影しに行かなくなったなあ。本州は嫌だし、石垣島行くなら、ヨーロッパへ行ってしまう金額だし。ヨーロッパに出かけても、天気が良いのはアルプスよりも南の地中海側。ここは最高だね。遺跡も星空もよく晴れる空も食べ物も美女も。
凄い景色が目の前に広がっていても、その景色にマッチした美女が居るならば、美女の方を撮りたくなってしまう。凄い星空だって、唯の背景レイヤーになりさがってしまうんだな。

【 あれこれ8 】
望遠鏡づくりの名人は、冬に作業をする。実際に観測する時の気温を考えて、出来る限りその温度に近い環境で作業するのだ。金属加工や観測時の気温低下に対する温度対策だね。だから、クソ暑い夏に望遠鏡を作ったり、鏡面研磨したり、赤道儀の調整に出しては、唐変木なことになるのだな。
μ-180Cがアナウンスされて直ぐ、私は11月下旬制作のミューロンをお願いした。5月頃のベランダの夜の気温に合わせたわけだ。短焦点ならここまで気にすることはないだろうが、長焦点だとね、気になるんだよね。

【 あれこれ9 】
わからないことや知らないことの方が面白い。
で、32年ぶりに惑星や月面の拡大撮影を始めてしまった。ミューロン購入は、都会で惑星を見るだけのつもりだったのに、凄い像を夢見ている内に撮影となってしまった。QHYを購入して失敗し、AS3やRegi6、PIPP,妙な画像処理ばかりが繰り返されるのだが、これがまた面白い。やはり、知らない世界は新鮮だと思う。

【 あれこれ10 】
雑誌に掲載されるのって、一体、何なんでしょうね。高校時代から天文雑誌で入選し、20代前半の内にJPS入選から、科学雑誌NEWTONで最年少で表紙作品に採用されたり、アサヒグラフでも特集(24才)したし、星ナビの前身SKY WATCHERでは23歳の時に8ページもらっている。どれももう大昔の話だが、ギャラは全然変わっていない、というか、減った。20代末には大出版社で連載もした。長じて、国内で個展を開催するようになり、単行本も写真集も出したし、有名写真雑誌で表紙ももらった。ヨーロッパでも3回、個展を行った。しかし、何も満たされていない。何故なら、写真家の私は、「世を忍ぶ仮の姿」だからだ。

【 あれこれ11 】
本当にやりたいのは、「星空を使った古代の謎解き」の発表なんだよね。そう。既に謎を解いてしまっているんだ。これをヤルと考古学者がバカに見えるから。
歳差運動によって移り変わる星空と、時代とともに変化していく人の流れや文明の興亡の中で、古代人たちが星空を使って何をしていたのか、これを20年以上、追いかけていたんだな。つまり、「歴史からこぼれ落ちてしまった古代の星信仰の実態」を、苦労に苦労を重ねて浮かび上がらることに成功したんだ。
そこには4定理と4メソッドがあり、これらを満たす遺跡を洗っていくと、ある法則性が導き出せる。私はこれを、「古代文明の大統一論」と名付けている。大抵の古代の謎(メソポタミアから地中海沿岸)は、芋づる式に謎が解けてしまうんだな。しかし、天文の知識をふんだんに使うので、考古学者たちには永遠にわからない世界だ。実際にそうなのだ。如何に天文に対する感覚が欠如しているかは、考古学者と話をすれば痛感するのだ。彼らが著した星についての著作や論文のダメ出しなら、私に任せて欲しい。
1994年11月のとある日曜日、私はオリオン座を意味ずる古代の紋章の存在に気がついてしまった。目の前に未知の世界が広がり、そこにはあまりに怪しい星空が輝いていた。私は、興味が興奮に変わり、興奮が野望へと変わって、その世界に没入していった。一人の男の人生を費やしても後悔することのない、果てしない世界が目の前に広がっていた。普通の人ならば、「だけど、生活が・・・」と言い訳して踏み込まない世界に、私はずっと踏み込んでしまっていた。

【 あれこれ12 】
歴史を知るには長い時間がかかる。
星空を知り、天体の動きを知り、暦の深淵を覗いていくにも、長い時間がかかります。そこには頭で理解するのではなく、体中で体感しないと、1を知って10を知るという具合にはならなかったです。私は漸く古代の謎のすべてを知ったが、この謎解きの話は、日本人にはわからないでしょう。私がどんなに地中海世界の春の素晴らしさを説明し、地中海の7月の素晴らしさを語りかけても、「馬の耳に念仏」です。現代を生きている日本人には全く関係ない世界ですし、ほとんどすべての日本人は、その重要性を感じることが出来ませんし、また、それを体験できません。ですから、100%の理解は無理です。

【 あれこれ13 】
宗教以前の古代人たちが何を信じ、信仰していたのか。その信仰の中に星空の役割を見出すと、自然の周期性を重要視することになります。そこで私は、アテネだけでなく、ローマと同じ緯度のイスタンブールならば、ローマの気候に近いかなと考え、実際に住んでしまった。更にアルプスを越え、つまり緯度をさらに10度北上して、ローマ時代の植民地ケルンの隣町、ネアンデル谷に近いデュッセルドルフに辿り着きました。
古代研究のために、アテネ、イスタンブール、デュッセルドルフという具合に、わざわざ緯度を変えて自然界の移ろいに注目して生活していたのです。こんな馬鹿、なかなか居ません。
日本人海外放浪者たちの終着駅のひとつデュッセルドルフは良い街です。日本人も多く、何よりも先進国ですので、いろいろな点で安心できます。長く滞在してしまうと、G7以外では、どうしても文明の掃き溜めにいるみたいな感じになるのです。
この街では2012年、1枚の写真作品に23億円の値段がつきました。EUでの写真ビジネスは、日本とは雲泥の差があります。日本人は"Photograph"を「写真」即ち、"Copy the fact"と訳した。コピーだから価値がなくなるんだよ。写真という言葉が続く以上、日本ではEUほどの価値が生まれないでしょう。

【 あれこれ14 】
「世界には、解いてはいけない謎と、語ってはいけない秘密がある」
どうやら、私が手を出し、長年研究していたことは、この禁断の世界だったようだ。しかし、星空が見事に人々の信仰の中に生きていた素晴らしい時代であり、「大いなる時」を感じさせる壮大で荘厳な世界があった。
これは太陽信仰の学者には永遠にわからない世界であり、彼らの妄言を聴く度に、彼らを「現代のヘリロポリスのクソ坊主」と呼びたくなります。
多くの太陽信仰に再生神話を用いる愚かなエジプト学者たちは、決まって、オシリスとイシス信仰を無視します。何故無視するかというと、これを調べると、エジプト文明がメソポタミア文明の二番煎じであることがわかってしまうからなのです。だから、必死に無視して体裁を整えるしか無いのです。
私はこの謎を解き、その源流と末流を俯瞰し続け、20有余年が過ぎました。

日本の義務教育では、中2の3学期に天文のテストがある。250人中、2位が80点で東大、3位のヤツが76点で、最後の日本ファンタジーノベル大賞准賞を受賞した。で、私だけが満点で、答案の余白に解説まで書いておいたら、昼休みに理科の教師に呼び出された次第だ。「今回の天文のテストは凄く出来が悪い。8割出来たのが2人しか居ない。おい、何だ、おまえのこの点数は?ずば抜けてる。おまえは今後どうする?」と。で、「高校時代にハレー彗星が来るので、高校生では誰よりも最初に見つける。清水東高校(後に数学オリンピックで有名になったらしい)に、アスコの26センチ反射赤道儀が納品されたばかりだから」と大言を吐き、1985年8月16日、14等級のハレー彗星の検出に成功した。当然、高校生の個人による検出では、世界で最初。こんなことばかりしていた。また歴史や地理のテストも、だいたい満点だった。こんな屈折した男が、人生を投入して、美しい星空が見られる地中海で、歴史を見つめながら星空生活をしていたのです。達人による修羅の世界と言えるかもしれない。

私がしたことは、普通の生活をしている人にはわからない世界だし、地元しか、又は日本しか知ろうとしない人々には、全く縁のない世界です。。
だから、「今直ぐに、誰もが、簡単に理解できる」、というのは、夢物語です。私は、そんな薄っぺらなことをやってきたのではありません。しかし現在では、誰でも簡単に理解できないと、誰もついてきません。理解するのに時間がかかる話は面倒なのです。
だから日本では、そのような場合、「狂人扱い」されたり、「痛い奴」、「ウザい奴」扱いされ、世間から遠ざけられるだけです。様々な分野で、過去の事実を語られるのは困るのでしょうか?全くのところ、プラトンが語る「洞窟の世界」なのです。世界には様々な洞窟の世界がありました。私は洞窟を出て、燦々と輝く太陽に包まれ、光で満ちたエーゲ海を目の当たりにし、遺跡とともに星空を長年、見上げ続けていました。
私は天文学、暦学、考古学、西洋古典文学、気象(花粉)学、物理学、歴史学をひたすら駆け巡り、長年、地中海世界で星空を見ながら生活することになります。何度も頭の中がぶっ壊れた感じがしました。或る科学館の館長が、私に「人々に理解してもらえるのも20年後か、それ以上かかることだよ」と、興味深げに語ってくれました。

【 あれこれ15 】
で、私が星空を使って何を解き明かしたのか、箇条書きにしてみると、、、、、。
・クレタ島の主要4宮殿の中庭方位角のバラつきの意味
・その源流と末流
・ピラミッドの意味
・ピラミッドテキストが書かれた訳
・ピラミッドテキストが消滅した訳
・ウナス王墓にもアレがある
・アテネのアクロポリスにある3神殿の天文学的意味
・エレウシスの秘儀とテレステリオン方位角の意味と伝来
・カリア地方のラブランダ遺跡ゼウス神殿の方位角
・ラブランダ遺跡以前の信仰の場所について
・シリウスの朝出ラインを緯度で追いかけると、文明の本流はメソポタミアであって、エジプトは傍系であることが、星空と神話からわかる
・ウルク遺跡のイナンナ神殿が特異な方位角を持ち、その方位角の意味
・シュメール時代の王墓方位角について
・ハラフ文化期の農業発展について
・ハラフ文化期にイシュタル女神とタンムズの原型と共通の星空を見出すことになる
・何故、ギリシャでは秘儀となるのか
・古代エジプトでは天文学は稚拙
・信仰と星空配置が一致すると何が起こるか
・シリウスの朝出現象は地球文明の特徴
・ローマ型ギリシャ神話は、ギリシャ世界で夏至にオリオン座が見えなくなって消滅し、社会は不安定になっていく。
・ミトラ教に対するキリスト教の勝利はマリア信仰にある。これは辿ればメソポタミア由来のドゥムジ神とイナンナ(イシュタル)女神の組み合わせから始まっている。この組み合わせの中に、オシリス神とイシス女神、オリオン=タンムズ神、アドニスとアフロディーテ女神の姿を見出すことになる
・朝出、朝没、夕出、夕没の現象の他に、夏至の朝消滅方位が存在した
・文明が始まった頃、オリオンとシリウスは、春分、夏至、秋分、冬至に方位と時間を変えて出現した
・自然の周期的信仰は、「死と再生」、「新年の更新」、「豊穣と再生」といった、再生神話の世界であり、星空を利用した信仰もこれに含まれる

とまあその、キリが無くなってしまい、最終的に、ヘレニズム時代に大西洋を渡ったか?という問題にも、目を向けるようになります。一般人は基より、1分野だけに精通していても、とても太刀打ち出来ない事柄であることに気がつくと思います。
私は20年以上も、ひたすら、オリオン座を意味する紋章を追い続け、度重なる艱難辛苦の末、漸く頂点に立つことが出来ました。
しかし、振り返ると、誰も居ませんでした。

【 あれこれ16 】
上記の世界を知るには、一芸だけでは話にならない世界でした。日本では多芸は嫌われます。ですから、一芸好きの日本人には、直ぐに理解できないと思います。私も直ぐに理解できたわけではありません、何度も疑い、眉に唾が付いているか見分ける必要があります。
アテネに居る時の私は、度々、アメリカの施設を利用しました。誰でも入れるわけではなく、ちゃんとした手続きが取れないと、入館証は出ません。そこにはブレーゲンライブラリー(ブレーゲン隊で有名)があり、多くの研究者がいます。2003年の夏からこの施設を利用し始めました。大抵の著作はそこにありました。日本では2大学でしか読めない著作がすぐそこにありました。膨大な書物に論文集の存在、そしてアテネという地の利は、最高でした。場所はアテネの銀座、コロナキ地区に隣接し、隣はブリティッシュインスティチュートが隣接し、そこでは主に遺跡の調査結果が詳しく調べられます。

ギリシャは経済破綻したけれど、今でも、夏は毎日のようにスイカやメロン三昧です。スイカが10キロで2.8ユーロ、メロンが1キロ70円位。しかも日本よりもはるかに美味い!経済破綻していない日本では毎日食べられない食事が、ギリシャにはあります。どちらの国が破綻しているのでしょうか!フザケタ世の中です。
他にも、夏のアイスクリームも安いです。しかも、すごい量なのです。それこそ、若い女性がカフェで1キロ以上あるアイスクリームをペロリと食べてしまうのです。一方、日本のアイスの貧弱さといったら、どうでしょうか?ハーゲンダーツだって、あんなにちっこいのは日本だけです。大体が1キロ単位です。もっと、向こうの世界ではデカイのです。ウインナーもコンドームもデカイのです。

いい加減に疲れ果てているので、私が達観した世界を根底から崩してくれる人材が世に出ないか、と最近は思っている。私の説が間違いならば、その方が、研究を終えることができるので、是非とも、自説を破壊して欲しい。それくらい、疲れています。
処理技術と個人的興味で表現方法はいくらでも変わりますので飽きています。
2Distagon21mmF2.8開放 4 mozaic
EOS 20Da(mod) ISO800, 5min x 4
2007年4月21日、Kalbari, Australia
EF200mmF1.8開放, EOS Kiss(mod)
Ha,Hb,S2(Kittpeak color style)
2005年11月24日 Amagi Plateu
PENTAX75SDHF(500mm)
EOS 1Ds mk3 ISO1600 20min
2007年12月14日、5th stage of Mt.Fuji
EF50mmF1.2L(F2.2)
EOS 1Ds mk3 ISO1250 2min 1shot
2008年10月8日、5th stage of Mt.Fuji
PENTAX75SDHF(500mm)
EOS cooled X2(mod) ISO1600 15min
5th stage of Mt.Fuji
EF200mmF1.8開放, EOS 1Ds mk3 ISO1600
トリミング有り
2008年10月2日、5th stage of Mt.Fuji
画像処理で作品は大きく変わります。このM51は私の撮影ではありません。元画像を拝見しますと素晴らしい撮影でした。ところで画像処理にはいろいろやアプローチがあります。右の画像を撮影するのにどれほどの金銭と情熱と時間が必要だったのか、私にはよくわかります。


Distagon21mmF2.8開放 4min
EOS 20Da(mod) ISO800
2007年4月20日、Kalbari, Australia
PENTAX75SDHF, RCx0.72 (360mm)
EOS kiss Digital(mod) ISO800 8min
2005年8月7日、Shirabiso Plateu
Ginji 200FN, Paracore, EM-200T2.Jr
EOS Kiss digital(mod), EOS 20Da(mod) ISO800
2005's works, 5th stage of Mt.Fuji & Amagi Plateu
2005年11月28日
2005年11月4日
2005年11月28日
2007年4月20日